[のたうつ男の苦悩]では、時計趣味あるあるとか、気付き、たまにちょっとした主張を交えたものを扱います。一覧化された情報とか、お役立ち情報は期待しないでください。このシリーズの内容が、何かしら生活を少し楽しくするものとなれば幸いです。
イギリスのピンダーブロスというブランドのスキットルを購入しました。ピューターと呼ばれる錫合金製です。筆者がこれのブランドの製品を購入するのは2回目です。そして1回目、今回共に父へのプレゼントです。
1回目に購入したのは今から15年前。筆者が就職を目前としたタイミングで、「大学院卒業まで育ててくれてありがとう」という意味を込めたものでした。なぜこれを選んだかは明確な記憶は残っていませんが、おそらく以下のような流れだったと思います。
父は映画、特に西部劇が好きな人です。町工場を経営する技術者である父は、その事業が多忙を極めるものの設備投資などもあって余裕はなかったため趣味に使うお金もありませんでした。夜遅くまで働き、レンタルビデオショップや撮りためた映画を自室で見るのが楽しみという生活だったようです。今思い出せば、当時は地上波で西部劇がそれなりに放映されていたように思います。また、父のかつての趣味はアコースティックギターだったので、これも西部劇の影響があったのかも。
そんな環境の中で、家族旅行は車中泊やキャンプなどでした。父は小瓶にウイスキーやバーボンを入れて、夜にそれを飲んでいたと記憶しています。その流れで「西部劇では金属製の容器にバーボンを入れて……」という話を聞いていたような気がします。15年前の筆者はそれを覚えていたのでしょう。「ならば」と通販で購入したのでした。
初代のピューターフラスコもピンダーブロス製でした。ピューター製の食器や酒器は昔から定番だったようです。(詳しくはこちら) 加工性が良く、輝きが失われにくいこと、経験則的に抗菌性があることが知られていたのでしょう。また、迷信の域を出ないようですが広く「中に入れた酒が美味しくなる」と言われているようです。当時は数社の中から雰囲気の良いものとしてピンダーブロスを選んだ記憶があります。受け取った父は大変喜んでいました。
父は受け取った後に、それをことあるごとに持ち出していたようで、持って行った酒が旨いとよく言っていました。また、自治会の旅行に持ち出した際には、周囲の人から物珍しそうに見られて、詰めていった安いウイスキーを振舞ったところ、旨い旨いと周りの人にかなり飲まれてしまったと何度も聞かされました。
プレゼントしたのが筆者なので自分で言うのもなんですが、旅という特別な環境であるという補正に加え、息子に贈られた品を褒められたのだから、そりゃ酒も旨くなるというものでしょう。
では、なぜ2回目の購入をしたか?ということですが……。
何年か前にポケットだか鞄に入れていたら潰してしまったようで、凹んで見栄えが悪くなっていたようです。それを直そうとお湯を入れて蓋をして膨らませようとしたら……継ぎ目から破裂したと。しかもそれを溶接しようと(溶接は父の十八番なのです)したら、融点の低い錫は溶けて大穴が開いてしまったと。
他人が聞けば「そんな無謀なことを……」と思われるかもしれませんが、筆者はその気持ちがよく分かります。というか、たぶん息子である自分なら、ネットで調べて同じようなことをしかねないと思いました。そして、失敗して悲しい思いをするところまで思い浮かびました。悲しいかな、これが血というものです。
3年ほど前に調べた際はピューター製のフラスコは市場にほとんどありませんでした。人気も出ないでしょうから輸入が止まっていたのでしょうか。そして先日、先の「破壊話」を聞いて調べたところ、イメージするものが在庫されており購入した次第です。運が良かった。
今回購入したものは、「ハンマード」とよばれる槌目が表面に与えられたものです。この仕上げが筆者は好きで、買うならこれと決めていました。そのほか、鏡面仕上げの「プレーン」が定番で、そのほかにエングレービングが施されたものもあります。ピューターは柔らかいので長年の使用で傷がついてくすんでいくさまが格好良いと思います。(破損した初代の様子を見れなかったのは心残りです。)
そして、形状が購入したもののような角の立ったものと、クッションと呼ばれる角が丸まったものがあります。初代はクッションでしたが、これは自立させにくかったということで今回はこちらを選びました。シンプルで装飾が無く、素材感の良さや、仕事の丁寧さを楽しむというのが筆者の好みに刺さります。
初代は15年愛用されました。2代目が何年もってくれるのかは分かりませんが、10年後に父に会えるかは分からないという年齢になってきました。そんな父に、日々のちょっとした楽しみをプレゼントできるなら、安い買い物です。